熊野本宮大社
熊野三山(本宮←ここ、速玉、那智)と、全国の熊野神社の総本山。
神武東征よりも早く御祭神は熊野に鎮座していた。
主祭神、上四社は正面に
家都美御子大神(ケツミミコノオオカミ)/ 素戔嗚尊。
両サイドに夫須美大神(伊邪那美/いざなみ)、速玉大神(伊邪那岐/いざなぎ)、
第四殿に若宮(天照大神)。
けつみみこ??あまり耳馴染みが無く読めない…

大斎原(おおゆのはら)
もともとはこの河原に神社があったが、洪水で流され現在の位置に再建。
日本一大きい鳥居。生命再生の聖地、とか。

仏教が伝来してから、
大宮は阿弥陀如来(未来)
速玉が薬師如来(過去)
那智が千手観音(現在)
が本地仏とされた。
三社を参拝することで「よみがえる」という熊野詣の意味を持たされてきたようです。
速玉にはイザナギ/イザナミが祀られている。
二神が降り立ったゴトビキ岩がある神倉山。
それゆえに元宮と呼ばれるが、地名になっている新宮は速玉を指す。
巨石は崖の上にありかなりの存在感がある。
那智にはイザナミが祀られている。
御瀧そのものがご神体であり、大己貴神(オオナムチ)の現れとし
瀧そのものを拝するため社はない。
飛瀧神社は熊野那智大社になる前から様々な神様が祀られていて
かなり古い信仰があったと考えられている。
熊野那智大社 飛瀧神社 那智御瀧
熊野速玉大社公式サイト|和歌山県新宮市鎮座 根本熊野大権現 世界遺産
熊野三山協議会
幼いころ家族に連れてこられ
大人になってから何度か詣でているが
縁起や主祭神など未だに良く把握していないのがお恥ずかしいところ‥。
奈良は住んでいたけれど深山と歴史は広大すぎて、
三重、和歌山、ご縁があっても隅々までは及ばない。
何度でも訪れたい神々の懐、すべてを知ることがないのもまた良ろし。
淡路一之宮 伊弉諾神宮
古事記・日本書紀で、最も古い記述があるのがこちら。

天地開闢、本当のことはわからない。
高天原が関西ではなく、北関東や九州の説もある。
分からないなりの前提として今ここでの一説を記しておく。
造化三神より、七代後に産まれた男女神イザナギ/イザナミは
「この漂ただよへる国を修理固成(つくりかためな)よ」と命じられた。
二神は天沼矛(あめのぬほこ)で海をかき混ぜた。
矛から滴る雫がおのころ島となった。
この島に降り立ち夫婦となり国生みの儀式を行った。
一番初めに生まれたのが淡路島であった。
続いて四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州が生まれ、
「大八洲(おおやしま)」と呼ばれる古代日本の国土が出来上がった。
北海道は・・・
二神をお祀りしているが、昔はイザナギだけが祭神だったらしい。
天照大神を産み天下統治を委譲した後、ここで余生を過ごした。
御隠れ(崩御)したので、幽宮(かくりのみや)と呼ばれている。
イザナギのお墓なのかも‥。
火の神を生んだことで亡くなった、妻イザナミはどこに祀られているのか?
えーあい君の情報では三か所候補があった。(三重、広島、鳥取)
ひとつに、熊野の花の窟神社。巨石がご神体。
記憶から想起されるに、確かに女神ポイ感じはあったな‥
花の窟・花窟神社【はなのいわや】 世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』 >> 世界遺産 花の窟
金刀比羅宮(ことひらぐう)
神仏分離までは金毘羅大権現をお祀りしていた。
現在の主祭神は大物主と崇徳天皇。

開山の由来はいろいろあるようだけど、
役行者が像頭山に登った時、天竺毘比羅霊鷲山にいる金毘羅(クンビーラ)に会った。
その伝承から象頭山金毘羅大権現になった、らしい。
クンビーラはガンジス川に棲む鰐を神格化した水神。
日本の神話、因幡の白うさぎでも鰐がでてくるが、出雲ではサメのことを指す。
このクンビーラは日本においては蛇とされている、らしい‥
クンビーラはガンジス川を司る女神ガンガーの乗り物。
ゆえに海上交通の守り神として、海を見渡せる高台に祀られることが多いそうな。
金刀比羅宮
HPにはクンビーラに一切触れてない。八百万の神々が居て嬉しい。
何故ここまで飛んできてくれたのかなー。
大物主の妻、美穂津姫も祀られている。
(大国主説、オオナムチの奇魂幸魂、など色々諸説あり‥)
どれもこれも立派で圧倒される。
奥の院までは1300段以上の階段が続き、なかなかのハイキングなのであった。
四国別格15番が金毘羅大権現をお祀りしており訪問が楽しみ。
伊予国一宮、大山祇神社。日本総鎮守。
全国の大山積神社の総社。しまなみ海道の途中にある大三島に鎮座。

大山積神(漢字表記は色々あった)は、三島大明神と同じ。
山の名前だけど海の神様でもある。和多志(渡し)の大神とも。
イザナギ/イザナミの子。
境内摂社には姫子邑神社(ひめこむらじんじゃ)、木花開耶姫が
境外摂社に阿奈波神社(あなばじんじゃ)、磐長姫がお祀りされていた。
娘たち、並べても良さそうなのに・・、と思ったり。

摂社【上津社-かみつやしろ】御祭神は大雷神(おおいかづちのかみ)、姫神。
摂社【下津社-しもつやしろ】御祭神は高靇神(たかおかみのかみ)、姫神。
御本社と両摂社の三社を以て大山祇神社と崇めまつる(HPより)。
大山積大神の子孫である小千命(おちのみこと)、お手植えのクスノキ。
樹齢2600年以上。
水軍だけでなく、近代の軍人も参拝をし武運を祈願した。
刀や弓などを多数奉納。宝物館にあるとか。
【公式】大山祇神社 愛媛県今治市大三島町
こちらは樹齢3000年越え?生き木の御門。
クスノキは大きく育つとはいえ、三千年…。単独で愛媛県の天然記念物指定。
実物を見ることを強くお勧め。

阿奈波(あなば)神社外摂社 磐長姫命。
イワナガ姫はニニギノミコトに容姿が「醜い」と言われ婚姻を断られた、
という神話がある。
岩のように悠久の寿命を象徴する姫君だったのに‥
そのことで神々の寿命が短くなった、という。

今では「醜い」という言葉を
見にくい、見えにくい、つまり物質的な存在ではない姫だったという解釈がある。
星の王子様の名言、
大切なものは目に見えないんだよ
なんていうのを思い出したりした。
ニニギは知らなかったのかなあ。

海辺にあるのだが、行きづらく、途中の灯篭が壊れていたり、
境内の壊れた感じが寂しかった。
伊豆系では、父の元に送り返されたときには邇邇芸命の仔を懐妊しており出産した。
伊予系でも似たような伝説があると。
また『古事記』において大山津見神の娘で、須佐之男命の子の八島士奴美神と結婚する、木花知流比売(このはなちるひめ)は石長比売の別名であるとする説もある。
(ウイキ君から)
豆一粒とっても、均一で太陽のように丸い形のものは大事にされる。
逸話として残っているというのは、
美醜がいつの世も問われるということなんだろうか。
出雲国一宮、出雲大社。
大国主。

日本最大のしめ縄にはお賽銭が埋め込まれていたり、お作法の間違いあり。
えーあい君によると
一般人がはいれない御本殿と瑞垣内摂社のしめ縄は真菰で編まれている。
1864年以降からとあるが、記録に残っているのがこの頃からだから。
もっと昔からそうだったらしい情報アリ。
古代から真菰を使っていたのは、稲の前から国土に生えていたのと、
邪気を払うなど神聖な植物という考え方があったから、という感じ。
広々として立派な境内、庭園。ブロンズ像も多数。
出雲大社
御陵(ごりょう)神社(磐座)
湧き水と、岩。
神魂(かもす)神社
主祭神はイザナミ。合祀がイザナギ。

本殿の写真が無いのでこちら。
神魂神社 | しまね観光ナビ|島根県公式観光情報サイト
国宝。日本最古の大社造とのこと。
すぐそばにある高校の敷地内にある磐座は三輪神社にも通じると。

揖夜(いや)神社
【御祭神】
伊弉冉命(いざなみのみこと)
大巳貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこのみこと)
事代主命(ことしろぬしのみこと)

記紀神話の神産みや大国主の神話に登場する黄泉の国、
もしくは根の国(古事記では根之堅洲国)
との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)の比定地が当社の東方の揖屋町平賀にあり、石碑が建てられている 、とか。
(ういき君より)
揖夜(いや)神社|公式ホームページ

美保神社
美穂津姫(たかむすひの娘、大国主の妻)と
事代主(大国主の子)。
えびす社の総本山。開運、商業の守護。

明治時代のお話がスゴイ。
能登沖で遭難しかけた船、美保神社に祈ったら巨大な鯛が現れ美保関まで導かれ
難を脱したという。
音楽や芸能を守る面もある。
楽しいことが好きそう、えびすさん。
いつ来てもいいなあ。
気持ちの良い場所。
薄と杵で餅つきをしていた。
そういう人の集まりがいい。
美保神社 | えびす様の総本宮 | 島根県松江市美保関町
この岩に腰かけ釣りをしていたところ、大国主に声をかけられ国譲りとなった。
鳥取砂丘
らくだ、いる。