together with global breathing

こころが動いたことを綴ります。永遠に地球が平和でありますように。

reunion

大阪でのイベント出展が無事に終わりました。

今回もたくさんたくさんお世話になりました。

 

ヒーリングマーケット主催(知叡さん、幸さん)皆さまのほか、

あきよyamamotoちゃんが細々とお世話をしてくださいました。

3年ぶり?にお会いできた嬉しかったです。ありがとう。

写真もめちゃくちゃ撮ってくれて恥ずかしいやらなんやら。

 

特急の始発で向かってもなかなか届きがたい関西。

あかんな。出不精は視野を狭くする。

 

出がけにポストを覗いたら心跳ね上がる嬉しいお便りが。

それをザックのポッケに突っ込んでワクワク出発したのでした。

 

ミネラルマルシェとのコラボで開かれるHMへ出店は大阪では初めてで

場所もお仲間さん方々も初めましての方ばかり。

おどおどしながら準備しつつ、ほとんどの方と言葉を交わさなかった。

アウェイってそれなりの緊張。

これはこれでいいのでしょう。

 

 

滋賀HMなどでご一緒などしてきたるみさんが一人目のお客様。

覚えていてくださること、ありがたいです。

るみさんなりのお心遣いで頼ってきてくださるのが

嬉しくもとても気恥しかった。

 

そのあとも、出展者さんが気軽に声をかけてくださって

徳留さんや、あきよちゃん、幸さん、リベレイト(富樫さん)さん、

ローシャン、せっちゃん、などなど

お身体触れたことがある方は、やはりスッと合わせられる。

 

大宮でもご一緒した龍チームの方も。

いやいや、ありがたいとしかいいようがない。

まゆころさんシスターズも元気いっぱい。

久しぶりに見たてるちゃんも相変わらず眩しい。

 

お米を一袋紛失したときも

ちえいさん、まほさん、ふぇにちゃんが慰めてくれた。

 

近づきすぎないゆるやかな関係性が許され

受け入れてもらえてるって、心地よい安心。

ありがとうございます。

 

5歳まで大阪、8歳まで奈良、看護師のスタートを北摂

ちょこっとだけ関西圏に住んでいた。

その頃と、大学のころに急速に仲良くなった友たちに

無謀にもハガキやメールなど送りつけ

いいから顔出して!と自分の人見知りを隠しつつ来訪を強要。

 

整わなかった人もいたけれど

久しぶりの再会に癒される時間をいただけました。

 

能登ボラでお世話になったナースも雨の中駆け付けてくれて。

知っている顔にほっとさせられ三日間を終えられた。

 

再会の温かさと

出展者さん、お客様、皆さまのお陰さまなのでした。

ありがとう。

 

 

ポケットに忍ばせたハガキの友は

ほぼ20年ぶりぐらいの再会で、思わずbigハグ。

16歳の娘さんがそっくり美しく成長し

写真をビシバシ撮ってくれた。

 

うれしくてずっと笑ってた。

頬がいたくなった。

 

一時的に体調を崩したとあって心配していたけど

どこに病が?と思うほど元気で

ああ、これなら毎朝の読経は必要ないのかも、なんて思ったり。

 

共通の友人らの写真を見せてまた大笑い。

幸せな平和な、歳をとらないと感じない温かい懐かしい気持ち。

まったく変わらない彼女の微笑み。

優しい空間で私たちは笑いあった。

 

一緒に働いていた後輩ナースも来てくれた。

3年前に幼児だった子は少年になりかけており、

母は母らしく成長し

変わることでさらに磨かれていくものを垣間見た。

 

大学時代のボランティアで一緒だったお仲間たち。

結婚して、子供できて、その子も二十歳の大学生で。

私たちは同じ時間を一緒に肥えつつ

幸福も重ねてきたのだろうね。

恰幅の良さがまた嬉しいのだった。

 

京都からの友はいつも言葉少なだけど

同じ波を生きていると会うたびに思う。

昔話と、近況報告も、時差がないのが信じられる。

 


神戸のイベントでフラっと立ち寄ってくれて出会った369ちゃん。

の、お姉さまが「妹に行って来てと言われて」来てくださった。

 

ヒーラー姉妹はそっくりな骨格ながら

全く違うエネルギーを蓄えていた。

 

奄美大島からは来れなかったけど、分身?飛ばしてくれたんだね。

またきっと会えるのだろうな。

その時までお楽しみ。

 

 

貴重なお休みを割いて

足を運んでくれて、みんなみんな、ありがとう。

 

恒例に?なってはないのだがタハタ米も完売でした。

まいどおおきに、ありがとうございました。

 

お米育てようって決めて、

苗を植えたのも、草取りも、稲かりも、はざかけも、

精米も、ゴミ取りも、袋詰めも、搬送も、販売も、

一度たりとも一人ではできなかった。

 

そんな温かいお米だから

きっと欲しくなっちゃうのかもしれない。

食べるものに困っている人が惹かれるのもしかたがないのかも。

その人が、心から美味しいと思って食べてくれますように。

 

私自身も管理をしっかりしなければ、

という学びがありました。

 

 

三日目の朝、雨が降り出しそうな曇天を散歩した。

まだ車が少なくて、夜の静けさを残した道路は

日曜日のまどろみを味わっているようだった。

 

ビルとビルの間に石段が続き、樹木の影が見える。

そこで俯いて何かを拾っている女性がいた。

新芽色のスカート、白いブラウスには燕の刺繡。

若いお嬢さんが早朝から何を落としたのだろう・・。

そんな不思議な気持ちもあり声をかけた。

 

「槐(エンジュ)の種を落としてしまって…」

樹木は榎木大明神さんと言われ大事に祭られており

エノキではなく槐だったこと、

大東亜戦争の時、ここから東への延焼を食い止めたとのこと、

種には何らかのパワーがあるとのこと、など

一緒に拾いながらお話を伺った。

 

小ぶりな小豆にそっくりな種は

時期が来たら弾けて飛ぶんだそうな。

何がきっかけで飛ぶんだろう‥という疑問はさておき

二人で拾っている間、

なぜか彼女は身の上話をとめどなく話してくれたのだった。

 

精神疾患があって、眠れなくて、

身体にも不都合があって、

そんな苦しい時に人とのご縁があって命を繋いで、

仕事したくてもできなくて、

ここから乗鞍まで原チャで行ったことがあって、

思い立ったら動いてしまって、

手に職があれば、

放浪しながら生きていけたら、

今日は聖徳太子のお祭りがあって、

24時間以上寝てないから眼が開かなくなってきた、etc......

 

種を拾い切った後はエノキさんのお話になって、

説明書を3枚も取ってくれた。

 

「やっぱり、自分を大事にしないといけないですね」と

しっかり自分に言い聞かせておられたので

おやすみなさいと言って別れた。

 

すっかり明るくなった空はまだ晴れそうにないけど、

彼女の頭が休まる眠りが

たっぷりと訪れますように。

 

そんなことを願いつつ

榎木大明神にもさようなら、ありがとうと告げ、

もともとは稲荷と白蛇を合祀した拝所だったことを

家に帰って来てから知るのだった。

どうりで卵がお供えしてあった。

榎木大明神のエンジュ

 

 

 

人の数だけ世界があるものなのね。

 

 

 

 

 

そして、その世界線から

離脱したという報が舞い込むのであった。