together with global breathing

こころが動いたことを綴ります。永遠に地球が平和でありますように。

A queen of a night in memory

当時で四十後半だったその画家は

名を世に轟かせることなく病に伏し

縁あって私たちと出会った。

 

年が近いこともあり

羞恥心に配慮したケアと関わりをチームで共有しながら

ベッドで寝たきりの生活を

どんな風に支えてゆけるかいつも話し合いは時間をかけて行われた。

 

痛みがコントロールされるようになり笑顔が増えた。

くだけた会話が弾むようになって、どんな過ごし方が彼らしいだろうかと考えた。

どんな時間を過ごしたいか聞いてみたものの、

あまりアイデアが浮かばずにいるようだった。

 

ダメもとで「創作してみてはどう?」と持ち掛けてみた。

思いがけず快諾をした彼に

やせ細った腕でも支えられるような薄いスケッチブックと鉛筆が用意された。

 

彼が描きたいと言ったのは私たちの姿だった。

 

モデルになったことなどないスタッフがほとんどで

ましてや業務中、時計を気にしながらほかの業務と折り合いをつけ

私たちはしばしベッドサイドに不器用に座った。

 

知らず静かに彼を観察することとなり

どれほど情熱をもって対象を描き切ろうとしているか

画家としての一面を垣間見ることとなった。

 

身の置き所のない痛みと理解されない孤独の中で

これほど描くことで「生きる」を体現する命を燃やせるとは

誰も想像しておらず

余命宣告とか死期とかに意味を見失うほどの熱があった。

 

描くということがどういうことなのか、

かわされることはついぞ無かったけれど

どこにも記録されないほとばしる想いは

チームで十二分に共有されていた。

 

 

梅雨のある夜にその花はやってきた。

 

サボテンからでたしなやかな蕾から甘い芳香が漏れ出ており

今にも蝙蝠がやってきて食べてしまうのではないかと思うほど

病棟中にその強い香りは広がった。

 

院長の奥様が栽培していた月下美人が開花を迎えるから

ぜひ患者さんにも見ていただいたらとのこと。

 

夜勤メンバー二人で台車にお花を乗せてご挨拶を兼ねて巡回した。

その時一番うれしそうに鑑賞し香りを味わってくれたのがその画家だった。

患者はほかにもいっぱいいたのに

彼のほころんだ顔だけ覚えている。

 

 

月下美人は一晩だけ咲き

日の出前には早々にしおれてしまう花だ。

茎よりもはるかに重い頭をもたげ

咲く前から香りという媚薬で注目を集め始める。

闇夜に白く輝く繊細で完璧な花弁たち。

寝る間を惜しみ

太陽の代わりのごとく命を夜空に解き放つ。

 

ただその一夜のためだけに

一年をすごしてきたかのようなダイナミックな変化を見せつけ

泡のごとくしおれてまた来年まで沈黙するのだ。

 

 

生きた証ってなんだろう。

 

少なくともその画家の面影を

まだこの花のもとに見出している間は

こころをこめて描いていた証を

私はみることができる。

 

 

花言葉は「はかない美」。

 

はかない美を生み出すための渾身の生を

どちらにも感じることができる。

 

 

また今年もその季節がやってきた。

 

 

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